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東京高等裁判所 平成3年(の)1号 判決 1993年5月21日

主文

一  被告会社A株式会社及び同C株式会社をいずれも罰金八〇〇万円に、被告会社B株式会社を罰金七〇〇万円に、被告会社D株式会社、同E株式会社、同F株式会社、同G株式会社及び同H株式会社をいずれも罰金六〇〇万円にそれぞれ処する。

二1  被告人Oを懲役一年に、被告人Sを懲役一〇月に、被告人P、同Q、同T、同U、同W、同Y及び同Lをいずれも懲役八月に、被告人R、同V、同X、同Z、同M及び同Nをいずれも懲役六月にそれぞれ処する。

2  被告人一五名に対し、この裁判の確定した日から二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(認定事実)

第一  被告会社の概要及び被告人らの経歴、地位等

一  被告会社A株式会社(以下「被告会社A」という。)関係

1 被告会社Aは、昭和八年四月に設立(当時の商号はA'株式会社、昭和四三年一〇月、同社がA"株式会社を吸収合併し、現商号に変更。)され、各種化学肥料、農薬品のほか、化学薬品、合成樹脂、可塑剤その他各種化学工業品の製造、加工、販売等を目的とする会社であり、同社においては、本件の塩化ビニル製業務用ストレッチフィルム(以下「業務用ストレッチフィルム」という。)の販売は、樹脂加工事業部営業一部が担当していた。

2 被告人O(以下「被告人O」という。)は、昭和三三年四月に当時のA"株式会社に入社し、本社、各支店等に勤務した後、樹脂加工事業部営業一部長、樹脂加工事業部副本部長を経て、昭和六〇年八月からは樹脂加工事業部長として勤務していたものであり、また、本件当時日本ビニル工業会ストレッチフィルム部会(以下「ストレッチフィルム部会」という。)幹部会のメンバーで部会長の地位にあった。

3 被告人P(以下「被告人P」という。)は、昭和三七年四月に前記A"株式会社に入社し、本社、各営業所等に勤務した後、樹脂加工事業部営業一部販売課長、樹脂加工事業部営業一部副部長を経て、昭和五九年八月から樹脂加工事業部営業一部長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会本部会のメンバーで副本部長の地位にあった。

二  被告会社B株式会社(以下「被告会社B」という。)関係

1 被告会社Bは、昭和一八年一月に設立(当時の商号はB'株式会社。その後B"株式会社、B'''株式会社と順次商号を変更し、昭和三七年六月から現商号に変更。)され、土木建築用各種資材、住宅用各種資材のほか、合成樹脂及び同製品の製造、販売等を目的とする会社であり、同社においては、業務用ストレッチフィルムの販売は、平成二年六月まではフィルム事業部が、同年七月からは流通産業材事業本部フィルム包装材事業部が担当していた。

2 被告人Q(以下「被告人Q」という。)は、昭和三二年八月に当時のB"株式会社に入社し、総務部長等を経て、昭和六二年三月から常務取締役フィルム事業部長兼海外部長、平成二年七月からは常務取締役流通産業材事業本部長兼海外部長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会幹部会のメンバーで副部会長の地位にあった。

3 被告人R(以下「被告人R」という。)は、昭和三七年四月に当時のB'''株式会社に入社し、本店、各支店等に勤務した後、昭和六三年五月からフィルム事業部主幹、平成二年七月から流通産業材事業本部フィルム包装材事業部主幹として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会本部会のメンバーであった。

三  被告会社C株式会社(以下「被告会社C」という。)関係

1 被告会社Cは、昭和三五年九月に設立され、化学工業製品、電子工業用及び電気工業用製品のほか、合成樹脂製品の製造、販売等を目的とする会社であり、同社においては、業務用ストレッチフィルムの販売は、シートフィルム本部(平成三年七月からは塩ビ製品事業本部に名称変更)フィルム第一部が担当していた。

2 被告人S(以下「被告人S」という。)は、昭和三二年四月にC’に入社したが、昭和五〇年八月から被告会社Cに移籍し、営業本部包装材料部長、大阪支店長等を経て、昭和六三年二月から取締役シートフィルム本部長兼建設資材本部長、平成二年六月から常務取締役シートフィルム本部担当として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会幹部会のメンバーであった。

3 被告人T(以下「被告人T」という。)は、昭和四四年八月に同社に入社し、本社、各営業所に勤務した後、包装材料部次長等を経て、昭和六三年二月からシートフィルム本部フィルム第一部長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会本部会のメンバーで本部長の地位にあった。

四  被告会社D株式会社(以下「被告会社D」という。)関係

1 被告会社Dは、昭和二六年三月に設立され、ビニルその他の合成樹脂の加工、販売等を目的とする会社であり、同社においては、業務用ストレッチフィルムの販売は、営業本部フィルム事業部食品包材部が担当していた。

2 被告人U(以下「被告人U」という。)は、昭和三六年四月に同社に入社し、本社、各工場等に勤務した後、営業第二部長等を経て、昭和六三年六月から取締役営業第二部長、平成元年四月からは取締役フィルム事業部長兼同事業部営業第二部長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会幹部会のメンバーであった。

3 被告人V(以下「被告人V」という。)は、昭和四三年四月に同社に入社し、本社、支店、工場等の勤務を経て、平成元年一一月からフィルム事業部食品包材部次長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会本部会のメンバーであった。

五  被告会社E株式会社(以下「被告会社E」という。)関係

1 被告会社Eは、昭和一〇年一〇月に設立され、カーバイドその他電炉工業製品、石灰窒素その他の肥料並びに農薬の製造及び販売のほか、合成樹脂の製造、加工、販売等を目的とする会社であり、同社においては、業務用ストレッチフィルムの販売は、営業本部フィルム機材事業部が担当していた。

2 被告人W(以下「被告人W」という。)は、昭和三四年四月に同社に入社し、本社、各工場等に勤務した後、工場長、関連会社への出向、取締役営業本部長等を経て、平成元年八月から常務取締役営業本部長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会幹部会のメンバーであった。

3 被告人X(以下「被告人X」という。)は、昭和三三年四月に同社に入社し、本社、支店、営業所等に勤務した後、営業本部フィルム特販部長を経て、昭和六三年一二月からフィルム機材部長(平成元年九月からフィルム機材事業部長に名称変更)として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会本部会のメンバーであった。

六  被告会社F株式会社(以下「被告会社F」という。)関係

1 被告会社Fは、大正四年五月に設立され、化学肥料、農薬、電炉工業製品等の製造、販売のほか、合成樹脂、合成ゴムその他の化学工業製品の製造、加工、販売等を目的とする会社であり、同社においては、業務用ストレッチフィルムの販売は、製品事業部食品包材部が担当していた。

2 被告人Y(以下「被告人Y」という。)は、昭和三二年四月に同社に入社し、本社総務部、有機事業部に勤務した後、人事部長兼総務部長等を経て、平成元年七月から取締役製品事業部長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会幹部会のメンバーであった。

3 被告人Z(以下「被告人Z」という。)は、昭和三四年四月に同社に入社し、本社、支店等の勤務あるいは子会社への出向をした後、平成元年六月から製品事業部食品包材部長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会本部会のメンバーであった。

七  被告会社G株式会社(以下「被告会社G」という。)関係

1 被告会社Gは、昭和四八年六月に設立され、カーケア製品の製造、販売、輸入等のほか、プラスチックフィルム製造、販売、輸出及び輸入等を目的とする会社であり、同社においては、業務用ストレッチフィルムの販売は、営業本部が担当していた。

2 被告人L(以下「被告人L」という。)は、昭和三八年九月にG'株式会社に入社し、同社の本社、営業所等に勤務した後、昭和五六年一月に被告会社Gに営業本部長として出向、昭和五九年七月同社に移籍し、昭和六〇年三月から取締役営業本部長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会幹部会及び本部会のメンバーであった。

3 被告人M(以下「被告人M」という。)は、昭和三三年四月に株式会社G"に入社し、昭和三八年四月G'株式会社に転属となり、同社の営業所の包装材料課等に勤務した後、昭和五九年三月に被告会社Gに出向、昭和六二年七月から業務部長代理(平成二年二月営業本部員を兼務)として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会本部会の副メンバーであった。

八  被告会社H株式会社(以下「被告会社H」という。)関係

1 被告会社Hは、明治二九年八月に設立され、生糸その他各種繊維等の製造、加工、販売等のほか、合成樹脂及び合成樹脂製品の製造、加工、販売等を目的とする会社であり、同社においては、業務用ストレッチフィルムの販売は、プラスチック事業部が担当していた。

2 被告人N(以下「被告人N」という。)は、昭和三八年三月に同社に入社し、守山工場生産管理課長等を経て、昭和六〇年三月からプラスチック事業部営業統括課東京販売課長、平成二年七月からは同事業部東京営業統括課販売課長として勤務していたものであり、また、本件当時ストレッチフィルム部会本部会の副メンバーであった。

第二  業務用ストレッチフィルム業界の実情等

一  業務用ストレッチフィルムは、国内では、昭和四三年に被告会社Aがはじめて製造、販売を開始し、その後、後記のとおり、各社もこれに加わり量産されるようになったものであるが、主として塩化ビニル樹脂に可塑剤、防曇剤、安定剤等を添加して製造される軟質フィルムの一種であり、「ラップ」などとも呼ばれ、透明で、伸縮性、自己粘着性があり、しかも、はがし易いなどの特性を有することから、各種食品等の包装に多用され、スーパーマーケット、コンビニエンスストア等においては、商品の見栄えがよく衛生的であるとして、鮮魚、精肉、野菜等の商品をこれで包装して店頭に並べて一般消費者に提供するという方法が一般化し、近年におけるスーパーマーケット等の急速な発展に伴って、その需要量も急速に伸び、平成二年度における国内の総販売数量は約八五、〇〇〇トン、総売上金額は約三〇四億円に達するようになった。

二  本件当時の業務用ストレッチフィルムの製造、販売会社は、国内では、本件の被告会社八社及びオカモト株式会社(以下「オカモト」という。)の九社(正確には、被告会社Eは、平成二年九月までは、その子会社である東洋ヒドラジン株式会社に、また、被告会社Fは、その子会社であるデンカ化工株式会社にそれぞれ製造を委託し、それらから供給を受けて販売している。)であり、平成元年度及び二年度の売上高では、約二四パーセントのシェアを持つ業界トップメーカーの被告会社Aとこれに続く同B及び同Cの上位三社のシェアは約六〇パーセントであり、また、被告会社八社ではそのシェアはほぼ九八パーセントに及んでいた。

なお、これらの業務用ストレッチフィルムの製造、販売会社は、昭和五五年一一月、「部会員相互の親睦と顧客へのサービス向上をはかり、ストレッチフィルム業界の健全なる発展に寄与すること」を目的として、任意団体である日本ビニル工業会の業種別部会の一つとして、ストレッチフィルム部会を設置し、部会内に、総会のほか、原則として会員各社の役員で構成する幹部会、会員各社の販売実務責任者で構成する本部会、更に支部会、事務連絡委員会等を設けていたが、本件当時、同部会の会員は本件被告会社八社であり、被告人らはいずれも、前記のとおり、幹部会又は本部会の正・副いずいれかのメンバーであり、本件当時、被告人Oが部会長、被告人Qが副部会長、被告人Tが本部会、被告人Pが副本部長をそれぞれ務めていた。

三  前記のとおり、国内では、昭和四三年に被告会社Aがはじめて業務用ストレッチフィルムの製造・販売を開始し、その後昭和四五年ころまでに被告会社E、同D、同Bが、昭和四〇年代後半には被告会社H、同C、G'株式会社(その後の昭和四八年六月に同社と米国のボーデン社の出資による被告会社Gが設立され、以後同社が製造を開始し、昭和五六年四月からは販売も開始した。)が、さらに昭和五四年には被告会社Fが順次この業界に参入し、その後十年近くこの状態が続いたが、昭和六三年一一月にオカモトが新たに加わり、以後これらの九社による競合状態が続いていた。

四  ところで、業務用ストレッチフィルムは、前記のとおり、優れた特性を持つ商品であり、現在においては生鮮食品等の包装材として、国民生活に欠かすことのできない商品となっているが、各メーカーにおいてそれぞれ自社製品に特徴を持たせるため製品の差別化に種々工夫を凝らしているものの、各社の製品間には外観、性能面ともほとんどその差がなく、一方、これを購入して使用するユーザー側は、大手のスーパーマーケット、コンビニエンスストア等の大口量販店あるいは大規模共同購入機構等の強い価格交渉力を持つものが多く、このようなこと等から、各メーカー間の企業の業績を上げるための競争は、勢い製品の値段を下げることにより他社のシェアに食い入る安値販売競争、いわゆるシェア優先の拡販路線ということになり、その販売価格は次第に下落する傾向にあった。

第三  本件各協調値上げ協定に至る経緯及び成立状況

一  本件第一次協調値上げ協定に至る経緯及びその成立状況

1 前記のとおり、業務用ストレッチフィルムの販売価格は年々次第に下落する傾向にあり、このため、昭和六二年七月ころには、被告会社八社間で業務用ストレッチフィルムの販売価格を標準品(「V三〇〇」と呼ばれている幅三〇〇ミリメートル、長さ五〇〇メートル、重量約三キログラムの野菜包装用のもの。この標準品の価格が業務用ストレッチフィルム全般の価格の基準となる。)一本につき一〇〇円の引上げを話し合い、相互にこれを約束するということがあったが、各社の思惑の違いから実施段階で足並みがそろわず、この値上げ計画も失敗に終わった。その後、前記のとおり、昭和六三年一一月に年間約三〇〇〇トンの生産能力を持つオカモトが新たに加わり、さらに、平成元年七月には被告会社Cが山口県新南陽市に製品の品質向上とコストの低減化を図るため年間約六〇〇〇トンの生産能力を持つ南陽工場を新設して増産を開始したことや、一方それまで順調に推移してきた需要の伸びにややかげりが見えはじめたこともあって、各社間の安値販売競争によるシェア争いはますます激化し、業務用ストレッチフィルムの販売価格は一層下落することになり、物流費及び人件費の値上がり等の事情も重なって、各社とも採算が悪化し、昭和六三年度から平成元年度を境にして、業務用ストレッチフィルムの販売損益に赤字を出すようになった。このため、平成元年一〇月から一一月にかけ、改めて被告会社八社間で標準品一本当たりの最低価格を九〇〇円とする「足切り価格」設定の協議をしたが、これも実現せず、依然として業務用ストレッチフィルムの販売価格の下落傾向は続いていた。

2 このようなことから、被告会社Aの業務用ストレッチフィルム部門の責任者であった被告人Oは、平成元年下期のころから、採算の悪化を食い止めるためには販売価格の引き上げが必要であると考えるようになったが、前記のように各社の製品にはほとんど差がないことや業界の実情、すなわち、ユーザー側に強い価格交渉力があり、メーカー各社がシェア争いを繰り広げている状況等から考えて、自社のみが製品の値上げを実施すれば他社に自社のシェアを奪われることは明らかであり、他社に自社のシェアを奪われることなく確実に値上げを実現するためには、あらかじめ他社と話し合い、シェアを凍結して各社が一斉に同一の値上げ幅で値上げを行う、いわゆる協調値上げの方法以外に方法がないと考えた。そこで、被告人Oは、その旨部下の被告人Pに話すとともに、同人と、そのためには、まず業界第三位の大手であり南陽工場を新設して拡販体制に入っている被告会社Cに働きかけて、同社の安値販売を止めさせるとともに、同社と手を組んで業界を指導すれば協調値上げが実現するであろうと話し合い、さらに、同社の責任者である被告人Sには自分の方で話すから、被告人Tと二人で業界全体を引っ張り、本部会メンバーで値上げの具体的なやり方や詰め方を話し合うよう、被告人Pに指示し、同人との間で両者がその方向で動くことを確認した。

3 そこで、被告人Oは、平成二年一月ころ、被告人Pとともに、被告会社Cの本社に赴き、同社の業務用ストレッチフィルム部門の責任者である被告人S及びその部下で本部会の本部長でもある被告人Tと会い、被告人Oにおいて、「もうそろそろ拡販は切り上げて、業界協調で値段の修正をしませんか。」などと持ちかけたところ、被告人Sもこれに賛成し、その後も被告人Oと同Sが、また、被告人Pと同Tがそれぞれ話し合い、被告会社Aと同Cの両社が主導して業務用ストレッチフィルムの業界全体の協調値上げを実現していくことで意見が一致し、同年三月二〇日に開かれる本部会の場で各社に提案することになった。

4 同年三月二〇日、日本ビニル工業会の会議室で被告会社八社の販売実務責任者らが出席するストレッチフィルム部会本部会が開かれたが、その席上、被告人Tが、口火を切る形で、「皆さん、そろそろ値戻しを考えてはいかがでしょうか。」などと話して、業務用ストレッチフィルムについての各社の協調値上げを提案し、被告人Pもこれに賛成したが、同日は、出席者の間で同年五月一五日の本部会までにこの点について各社が方針を決めこれを持ち寄るということで合意し、終わった。

5 その後の同年四月二日及び同月二〇日の本部会でも出席したメンバーらの間で協調値上げを行うかどうかを巡って意見の交換をしたが、その席で被告会社Fは、高いシェアを持つ上位のメーカーからシェアの凍結を求められることに反発し、また、当時同社がセメント製品の関係で公正取引委員会の摘発を受けていること等の事情もあり、業務用ストレッチフィルムの協調値上げに消極意見を述べた。被告人Pからその旨報告を受けた被告人Oは、業界協調による業務用ストレッチフィルムの値上げを実現するためには、トップを説得する必要があると考え、同年五月上旬ころ、被告人Pとともに被告会社Fの本社を訪れ、同社の責任者である被告人Y及び同Zに会い、同社が希望するシェアの拡大にも触れながら、協調値上げに賛成するよう説得したところ、被告人Yらもこれを受け入れ、同社も業務用ストレッチフィルムの協調値上げに同調することになった。

6 さらに、被告人Oは、被告人Pの進言もあり、業界協調による業務用ストレッチフィルムの値上げを成功させるためには業界第二位の被告会社Bを含む上位三社が結束して事に当たることが必要であると考え、直接被告会社Bの責任者である被告人Qから協調値上げについて約束を取り付けることとし、同月一一日ころ、被告人P、同S及び同Tとともに同社の本社へ赴き、被告人Qと会い、被告人O及び同Sにおいて同社も協調値上げに協力するよう働きかけ、これに対し被告人Qからも同調する旨の意向が示され、上位三社の足並みがそろうことになった。

7 その結果、同月一五日に開かれた本部会の場で、被告会社八社全社の出席メンバーからシェアの凍結と協調値上げに賛成する旨の意見が表明され、ここに被告会社八社が協調して業務用ストレッチフィルムの販売価格の単価の引き上げを行うとの基本姿勢について各社の意見が一致した。

8 そして、同日から協調値上げの協定案についての具体的な協議に入り、その後同月二五日、同年六月四日、同月一八日及び同月二五日の本部会の場で協議を重ね、その間、同年五月一七日の総会で出席した各社幹部から協調値上げ実現への発言を求めるなどして、同年六月下旬ころまでに、①各社のシェアを凍結する、②同年九月一日から、業務用ストレッチフィルムの販売価格を標準品一本当たり一五〇円引き上げる、③最低価格、標準価格を設定する、④出荷数量を制限する、⑤裁定者団を設置する、⑥報奨制度を設ける、との協定案のうち、⑤及び⑥を除いた、①から④までの点について、被告会社八社間の合意がほぼ固まり、幹部会のメンバーが出席する幹部会・本部会合同会議で最終的に決定することになった。

9 同年七月三日、被告人Oらの幹部会のメンバーも出席した幹部会・本部会合同会議が開かれたが、その席で、右⑤及び⑥を含めた協定案について最終的に各社の合意が決定され、シェアを凍結すること及び同年九月一日から業務用ストレッチフィルムの販売価格を標準品一本当たり一五〇円引き上げることを柱とする、被告会社八社間の本件第一次協調値上げ協定が成立した。

二  本件第二次協調値上げ協定に至る経緯及びその成立状況

1 本件第一次協調値上げ協定に基づき、同年七月中旬ないし下旬ころから被告会社八社の担当者らは直販店、大手ユーザー等との値上げ交渉に入ったが、その直後の同年八月二日イラクのクウェート侵攻による湾岸危機がぼっ発し、業務用ストレッチフィルムの原料を含む石油化学製品の高騰が予想される状況になったことから、各社は早速その対応を迫られることになった。

2 そこで、この原料値上がり分を業務用ストレッチフィルムの販売価格に転嫁しようと考え、八月下旬ころから九月初めころにかけて、被告会社Aにおいては、被告人Oが同Pに対し、被告会社Cにおいては、被告人Sが同Tに対し、また、被告会社Bにおいては、被告人Qがその部下の同Rに対し、それぞれ、本部会メンバーで第二次協調値上げを話し合いこれを実施するよう指示した。

3 これらの指示に基づき、同年九月五日に開かれた本部会の場で第二次協調値上げについて協議されたが、原料値上がり分を業務用ストレッチフィルムの販売価格に転嫁することについては各社とも異論がなく、さらに、この際、本件第一次協調値上げによる値上げ分で解消することができない不採算分の取り戻しのための値上げを含めようとの意見が多く出され、その後同月一九日の本部会の場でも協調が重ねられ、同年一一月一日から業務用ストレッチフィルムの販売価格を標準品一本当たり、原料値上がり分として一二〇円、不採算是正分として一三〇円、計二五〇円引き上げることについて、被告会社八社間の合意がほぼまとまり、これを各社に持ち帰って上司の了解を得た上、同年一〇月二日に開催された本部会で、右の点を柱とする、その他最低価格及び標準価格の設定等、本件第一次協調値上げ協定と同趣旨の、本件第二次協調値上げ協定が被告会社八社間で成立した。

第四  罪となるべき事実

被告会社A、同B、同C、同D、同E、同F、同G及び同Hは、いずれも業務用ストレッチフィルムの製造・販売等の事業を行う事業者であり、被告会社八社の業務用ストレッチフィルムの販売量は我が国における業務用ストレッチフィルムの総販売量のほぼ九八パーセントを占めているもの、被告人O及び同Pはいずれも被告会社Aの、被告人Q及び同Rはいずれも被告会社Bの、被告人S及び同Tはいずれも被告会社Cの、被告人U及び同Vはいずれも被告会社Dの、被告人W及び同Xはいずれも被告会社Eの、被告人Y及び同Zはいずれも被告会社Fの、被告人L及び同Mはいずれも被告会社Gの、被告人Nは被告会社Hのそれぞれ役員又は社員として、いずれも、自らの所属する被告会社の業務用ストレッチフィルムの販売に関する業務を担当していたものであるが、被告人らは、同一被告会社の被告人らにあっては互いに共謀の上、それぞれの所属する被告会社の業務に関し、

一  平成二年五月一五日から、東京都港区赤坂一丁目五番二六号所在の東部ビル内日本ビニル工業会の会議室等において、各被告会社の業務用ストレッチフィルムの販売価格を共同して引き上げることについて協議を重ね、同年七月三日、同都新宿区四谷一丁目一三番地所在の料亭「鶴よし」四谷店において、被告会社らが共同して、同年九月一日から出荷する業務用ストレッチフィルムの標準品の値上げ幅を一本当たり一五〇円として業務用ストレッチフィルムの全製品の販売価格を引き上げる旨の合意をし、

二  同年九月五日から、前記日本ビニル工業会の会議室等において、各被告会社の業務用ストレッチフィルムの販売価格を共同して引き上げることについて協議を重ね、同年一〇月二日、右日本ビニル工業会の会議室において、被告会社らが共同して、同年一一月一日から出荷する業務用ストレッチフィルムの標準品の値上げ幅を一本当たり二五〇円として業務用ストレッチフィルムの全製品の販売価格を引き上げる旨の合意をし、

もって、被告会社らの事業活動を相互に拘束し、公共の利益に反して、我が国の業務用ストレッチフィルムの販売に関する取引分野における競争を実質的に制限したものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人らの主張に対する判断)

第一  二重処罰禁止規定違反との主張について

被告会社Hの弁護人は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)による課徴金納付命令により課徴金を納付した事業者らに対し、更に独禁法による刑事罰を科すことは、二重処罰の禁止を規定する憲法三九条に違反する、と主張し、被告会社D及び同Fらの弁護人らも、二重処罰禁止規定に違反する疑いがある、と主張する。

しかし、独禁法による課徴金は、一定のカルテルによる経済的利得を国が徴収し、違反行為者がそれを保持し得ないようにすることによって、社会的公正を確保するとともに、違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するために執られる行政上の措置であって、カルテルの反社会性ないし反道徳性に着目しこれに対する制裁として科される刑事罰とは、その趣旨、目的、手続等を異にするものであり、課徴金と刑事罰を併科することが、二重処罰を禁止する憲法三九条に違反するものではないことは明らかである。

したがって、この点についての弁護人の主張は採用することができない。

第二  公訴棄却の主張について

一  弁護人らの主張

被告会社B、同D及び同H各関係(いずれも被告会社及びその被告会社関係の被告人を含む。以下同じ。)の弁護人らは、公正取引委員会(以下「公取」という。)が行った本件告発は無効であり、本件公訴は棄却されるべきであるとして、次のように主張し、右以外の被告会社関係の弁護人らも、明確に公訴棄却を主張するわけではないが、本件告発は不当であるとして、ほぼ同様の主張をする。

1 独禁法九六条一項は、同法八九条等の罪は公取の告発を待って論ずる旨定め、公取の告発を訴訟条件としているが、公取の告発については、それが合理的な裁量の範囲を逸脱した恣意的、差別的なものである場合には、告発は無効としてその効力は否定されるべきである。

2 告発が合理的な裁量の範囲内にあるかどうかの判断の基準として、公取が平成二年六月二〇日に公表した告発方針が重要であり、告発方針は、積極的に刑事処罰を求めて告発を行う場合として、①一定の取引分野における競争を実質的に制限する価格カルテルであって国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な事案、②違反を反復して行っている事業者・業界、排除措置に従わない事業者等にかかる違反行為のうち、公取の行う行政処分によっては独禁法の目的が達成できないと考えられる事案を挙げているが、右告発基準から明らかなとおり、告発の対象となる事案は、「国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な事案」であり、「事業者などの違反歴」が考慮されるべきであるところ、これを本件についてみれば、本件は告発基準にいう国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な事案ではなく、各被告会社の違反歴を考慮に入れても、違反を反復しているとはいえず、また、再犯のおそれがあるともいえず、告発基準にいう悪質性は認められない。

3 告発が合理的な裁量の範囲内にあるかどうかのいま一つの判断の基準として、公取の他の事件に対する措置との対比があるが、公取は、石油カルテル事件に対して告発を行って以来、一七年間にわたって一件も告発しておらず、また、本件とほぼ同時期に摘発されたセメントカルテル事件や印刷インキカルテル事件は本件より重大であるのに、これらの事件については告発はされていない。本件の告発は、日米構造協議最終報告において今後公取は独禁法違反事件について刑事処罰を求めて告発を行うことにより刑事罰の活用を図ることとしていたこと及び右構造協議のフォローアップ会合が近く予定されていたことなど、アメリカ側に対する配慮から、合理的裁量の範囲を逸脱して、恣意的、差別的にされたものである。

4 したがって、本件告発は無効なものとしてその効力は否定されるべきであり、本件公訴は、訴訟条件である有効な告発に基づかないものであるから、公訴提起の手続の規定に違反し、刑訴法三三八条四号により棄却されるべきである。

二  当裁判所の判断

そこで、以下この点についての当裁判所の判断を示すこととするが、関係証拠によると、公取が行った本件の告発が無効なものであるとは認められず、したがって、本件公訴提起の手続に違法があるとはいえない。

1  公取は、我が国における唯一の独禁法の運用機関として、独禁法違反の行為につき調査及び制裁を行う独自の権限を有しているが、独禁法に違反すると思われる行為がある場合は、これを調査し、当該違反行為の国民経済に及ぼす影響その他の事情を勘案して、これを不問とするか、あるいはこれに対し行政的措置を執るか、さらには刑事処罰を求めてこれを告発するかの決定をする裁量権を持ち、公取は、右のとおり、独禁法違反の行為につき、わが国における唯一の独禁法の運用機関として、広く国民経済に及ぼす影響その他の事情を勘案して、これに対する措置を決定すべきものであるが、一般的に独禁法違反の犯罪があると思料するときは告発すべき義務を課せられており、特に独禁法八九条から九一条までの罪については、公取の告発が訴訟条件とされていることからしても、ごく例外の場合はともかくとして、一般的には公取の行う告発は有効なものと考えられ、裁量権を逸脱する違法な告発はないというべきである。

2  のみならず、本件告発は、公取の前記告発基準に照らしてみても、十分理由があるものと認められる。すなわち、本件各協調値上げ協定の成立に至る経緯及びその成立状況については、先に認定したとおりであるが、

(一)  本件の業務用ストレッチフィルムは、我が国におけるスーパーマーケット、コンビニエンスストアをはじめとして一般の小売店等においても、各種生鮮食品の包装に広く用いられ、一般消費者の生活に密着した商品であり、その市場は全国規模のもので、年間売上高も平成二年度では三〇〇億円を超えており、しかも、本件各協調値上げの協定は、そのシェアが合計でほぼ九八パーセントに及ぶ被告会社八社が行ったものであって、国民生活への影響は決して小さくはないこと、

(二)  本件各協調値上げ協定は、各社間でこれに基づく紛争が生じた場合に備えて、当該社の商権の剥奪を含む各種決定権を有し当該社はそれに無条件に従うこととされる、裁定者団を設置するなどしたほか、全国の支部会、事務連絡委員会での打合せ等を含めて、綿密かつ周到な準備及び協議を重ね、相互の意思を十分確認して行われた、相互拘束性の極めて強いカルテルであること、

(三)  本件協調値上げ協定が独禁法に違反することを十分認識しており、協議の際の書類の破棄等、公取対策についても協議されていること、

(四)  本件各協調値上げ協定は、公取が平成二年六月二〇日に今後独禁法違反事件について積極的に告発を行うとの告発方針を公表した後に成立し、実施されたものであり、しかも、わずか数か月の間に、二度にわたって行われたものであること(なお、弁護人らは、本件第一次協調値上げ協定は、公取が告発方針を公表した六月二〇日以前に成立していたとし、また、公取の告発方針が公表された当時被告人らにはその認識がなかった、と主張するが、本件第一次協調値上げ協定は公取の告発方針が発表された後に成立したと認められるところであるが、仮に、弁護人らが主張するとおり、本件第一次協調値上げ協定の成立時期が公取の告発方針が発表される前であり、また、発表当時被告人らにその認識がなかったとしても、被告人らは、その後もこれを破棄することはせず、支店等の営業社員らを督励して本件第一次協調値上げ協定を現実に実施し、更に、その後本件第二次協調値上げ協定を締結し実施しているのであるから、本件告発の有効性を判断する上においても、また、被告会社ないし被告人らの犯情を考慮する上においても、弁護人らの本件第一次協調値上げ協定の成立時期に関する主張は、格別意味があるものとは認められない。)、

(五)  被告会社の多くには、独禁法の違反歴があること

等の事実が認められ、これら事実を総合すると、弁護人らが主張する諸事情を十分考慮してみても、本件告発が前記告発基準に反するものとは認められず、公取の本件告発は十分理由があるものと思われる。

3 弁護人らは、なお、①公取の告発基準にいう「国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な事案」とは、石油カルテル事件に準ずるような事件に限られるべきである、②我が国の独禁法には課徴金の制度があり、これが十分機能していることもあって、本件の告発が行われるまで一七年間にわたって公取の告発がなかったものであり、本件告発は日米構造協議におけるアメリカ側に対する配慮からされた恣意的、差別的なものである、③本件とほぼ同時期に摘発されたセメントカルテル事件及び印刷インキカルテル事件は、本件よりはるかに規模の大きいカルテル事件であるにもかかわらず、公取から告発されていないことからも、本件が公取による恣意的、差別的告発であることは明らかである、と主張する。

しかしながら、関係証拠によると、特に最近における我が国経済の世界経済に占める位置から、我が国における一般消費者の利益を確保するとともに、国際的に開かれた市場の下で我が国経済の健全な発展を図るため、公正かつ自由な競争を促進し、今後における我が国市場経済の秩序を維持することが現下の重要な政策課題であるとして、公取において種々の施策が検討され、その一環として、積極的に刑事処罰を求めて行くとする告発方針が発表されたことが認められ、このような独禁法の厳格な運用が求められている現在の状況からすれば、石油カルテル事件に準ずる事件に限定されるべきであるとし、あるいは過去一七年間にわたって告発がなかったことをもって、本件告発を不当とする弁護人らの主張が当たらないことは明らかであり、また、セメントカルテル事件及び印刷インキカルテル事件との対比を主張する点についても、前記のとおりの裁量権を持つ公取が、カルテルの規模のほか、その時期、態様、摘発を受けた前後の関係者の対応、収集した証拠の内容、国民生活に及ぼす影響の程度等、その時点における諸々の事情を考慮して、本件についてセメントカルテル事件及び印刷インキカルテル事件とは異なる結論に達したものと解せられ、これが公取の持つ裁量権の範囲を逸脱した恣意的、差別的なものであり、それ故、本件告発が無効なものであるとは認められない。

したがって、弁護人らのこの点に関する主張は、被告人ないし被告会社の情状面に関するものとしてはともかく、本件の公訴棄却を求めるものとしては、採用することができない。

第三  構成要件不該当、違法性阻却、期待可能性なしとの主張について

一  弁護人らの主張

被告会社B、同D及び同H各関係の弁護人らは、被告会社らの行為は、独禁法八九条一項一号(九五条一項、三条)の構成要件に該当しない、仮に該当するとしても違法性は阻却され、そうでないとしても独禁法を遵守することについて期待可能性がなかったから、被告会社らは無罪であるとして、その理由を次のように主張し、右以外の被告会社関係の弁護人らも、明確に犯罪不成立を主張するわけではないが、被告会社ないし被告人らの犯情に関係するとして、ほぼ同様の主張をする。

1 自由な競争を制限するカルテルその他の行為はこれを禁止すべきであるが、適正な限界を超えた競争はもはや独禁法による保護に値せず、むしろ有害であり、したがって、このような状況の下において競争を回避する行為が行われても、本来保護されるべき競争状態を回復するために必要な程度のものであれば、独禁法上これを違法と評価すべきではない。具体的には、買い主の経済力の強さ、その他種々の理由で製品の価格がとめどもなく下落し、最も能率的な企業の製品も原価割れでしか販売することができないようになり、各企業単独では価格を回復することができない場合には、競争事業者が協定により値上げをしても、その値上げが赤字を解消し、事業の存続に必要と通常考えられる最低限の利潤を確保するために必要な範囲内のものである限り、そのような価格協定は違法といえず、犯罪を構成しないと解すべきである。

2 本件では、被告会社らは、業務用ストレッチフィルムの品質の改良と競争価格による販売について最大限の経営努力をしてきたが、業務用ストレッチフィルムにはメーカーによる品質の差がほとんどなく、競争はもっぱら価格競争によるものであるところ、ユーザーは大型のスーパーマーケット等の極めて強い価格交渉力を持つものであり、需要の伸びが鈍化する中で販売競争を続けた結果、各メーカーの採算が極度に悪化した。しかし、各メーカーは値上げを求め得るどころか、逆にユーザーから値下げを要求され、これに応じなければ直ちに取引が停止されて他のメーカーに乗り換えられかねず、単独でユーザーと交渉して価格の回復を図ることは到底不可能な状況にあり、他のメーカーと協調して値上げをすることが唯一の現実的な選択であった。本件各協調値上げ協定は、このような状況下で、赤字を解消し、かつ、企業としての適正な利潤を確保するための価格の回復を目的としたものであり、公共の利益に反するものではなく、したがって、独禁法の構成要件に該当しない、仮にそうでないとしても、違法性を欠き、期待可能性がなかったものである。

二  当裁判所の判断

そこで、以下この点についての当裁判所の判断を示すこととするが、関係証拠によると、被告会社らは、いずれも、業務用ストレッチフィルムの品質の向上を目指すとともに、製造・販売コストの引き下げのための種々の努力を重ねてきていたが、一方、前示のとおり、各社製品の差別化が困難であること、これを購入するユーザーの側の価格交渉力が強いこと、需要の伸びが鈍かったこと等の事情から、業務用ストレッチフィルムの販売価格が下落し、販売損益が赤字に追い込まれる事態になったことが認められ、それだけに、被告会社らのその部門の利益責任者あるいは営業責任者の立場にあった被告人らの苦悩が大きかったことは容易に想像し得るところであるが、もともと業務用ストレッチフィルム全体の生産能力はその販売実績に比して著しく過剰の状況にあったと推認され、販売価格の低落は自ら招いた面が大きかったと考えられること、被告会社Gを除くその他の被告会社では、総売上高のうち業務用ストレッチフィルムの売上高の占める割合は高くなく、本件各協調値上げ以外に各社の企業維持ないし製品供給の安定確保が弁護人らが主張するほどに困難であったとは認められないこと、オカモトの例を見るまでもなく、なお被告会社における採算是正には工夫の余地があったのではないかと思われること、その他、その置かれていた時点及び状況に異なるところがあるが、前示のとおり、被告会社八社では、昭和六二年七月ころにも、いまだ販売損益が赤字でもないのに、業務用ストレッチフィルムの販売価格を標準品一本当たり一〇〇円引き上げることを相互に約束して実施しようとしたことがあり、また、平成元年一〇月ないし一一月ころにも、その最低価格を九〇〇円とするとの、「足切り価格」を設定しようとしたことがあったが、本件各協調値上げもその延長線上のものであり、同列ではないかと思われる節もあること等の事実が認められ、これらの事実からすれば、本件各協調値上げ協定が、公共の利益に反するものではないとして、独禁法八九条一項一号(九五条一項、三条)の構成要件に該当しないとか、本件各協調値上げ協定について被告人らの違法性が阻却されるとか、被告人らに期待可能性がなかったなどといい得るものでないことは明らかである。

したがって、この点についての弁護人らの主張も、被告会社ないし被告人らの情状面に関係するものとしてはともかく、被告会社ないし被告人らの犯罪が成立しないとするものとしては、採用することができない。

第四  本件各協調値上げ協定の成立時期について

一  本件第一次協調値上げ協定の成立時期について

被告会社A、同B、同C、同F及び同G各関係の弁護人らは、いずれも、本件第一次協調値上げ協定の成立時期は、判示の平成二年七月三日ではなく、同年五月一五日か、又は遅くとも同年六月一八日である、と主張する。

そこで、検討するに、協調値上げ協定の成立時期については、「事業者が他の事業者と共同して対価を協議・決定する等相互にその事業活動を拘束すべき合意をした場合において、右合意により、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争が実質的に制限されたものと認められるときは、独禁法八九条一項一号の罪は直ちに既遂に達する」(最二判昭和五九年二月二四日・刑集三八巻四号一二八七頁)と解するのが相当であると思料されるところ、本件第一次協調値上げ協定についてこれをみると、その協議の経緯等は先に認定したとおりであり、関係証拠によると、確かに、既に同年五月一五日の本部会の場において、「九月一日から標準品一本当たり一五〇円の値上げをする」との意見が出され、各社から特段の異論も出されなかったことが認められ、また、その後引き続き同月二五日、同年六月四日、同月一八日、同月二五日にそれぞれ本部会で協議が重ねられ、弁護人らが主張する六月一八日ないし二五日ころには、前示のとおり、被告会社八社間で協定案の内容もほぼ固まり、協調値上げの合意が成立したといい得るに近い状態にあったと認められる。しかし、関係証拠によると、まず五月一五日の時点については、同日の本部会は、被告会社各社が協調値上げを行うかどうかについて、それぞれの社の基本姿勢を持ち寄る場であったものであり、以後の具体的な協議に入るについての出発点であったにすぎないものであったことが認められ、いまだ各社の合意が成立したといい得るものでなかったことは明らかである。また、六月一八日ないし同月二五日ころの時点についても、関係証拠によると、過去、昭和六二年に、被告会社八社間で標準品一本につき一〇〇円の値上げを約束しながら、実施段階で各社の足並みが揃わず失敗に終わるということがあったこと、さらに、平成元年にも、標準品一本当たりの最低価格を九〇〇円とする「足切り価格」の設定を協議したが、これも失敗するということがあったこと、その際には、本部会メンバーが賛成していながら、同じ社の幹部会メンバーが反対したため実現しなかったこと等の経緯もあり、また、もともと拡販路線によるシェア争いが非常に激しいことから末端の営業担当者に至るまで互いに疑心暗鬼で不信感が強いという、業務用ストレッチフィルム業界の特殊性からも、単に販売価格を引き上げるとの合意があったという程度では、いまだ各社を拘束する協定になるものでなく、それが各社の協定となるためには、さらにこれを守らせるための各種の細かな取決めと、各社のその部門のトップによる相互の明確な確認が必要であったと認められる。このため、本件第一次協調値上げ協定についてはは、本部会メンバーによって詳しい協定案作成のための作業が続けられ、その中には「裁定者団の設置」といった事項まで含められていたのであり、このように本部会メンバーによって作成された協定案が最終的には幹部会メンバーによって確認されてはじめて、各社を拘束する協調値上げの協定が成立するものであったことが認められ、その場が判示の平成二年七月三日の幹部会・本部会合同会議であったものであり、このことは本件第一次協調値上げ協定を成立させるにつき中心となった被告人O、同P及び同Tを含む多くの被告人らが捜査段階では一致して認めるところであって、これらの供述は前記の業務用ストレッチフィルム業界の特殊性からも十分首肯し得るところであり、これに反する同人らの各公判供述は、捜査段階での各供述その他関係証拠に照らしても不自然であり、信用することができない。

弁護人らは、①判示七月三日の幹部会・本部会合同会議は、既に設立していた本件第一次協調値上げ協定を単に確認するための形式的な会議にすぎなかったものであり、このことは本件第二次協調値上げの際の経過をみれば明らかである、また、②被告会社Bでは、六月一八日の本部会が終わった翌日に、各支店あてに、「ダイアラップ値上げ依頼の件」と題する文書を発出しており、このことからも本件第一次協調値上げ協定は同年六月一八日に成立したことは明らかである、と主張する。

しかしながら、関係証拠によると、まず①の点については、なるほど、本件第二次協調値上げの際には、協定成立後の同年一一月一日に幹部会・本部会合同会議が開かれ、その席で、既に成立していた本件第二次協調値上げ協定が報告されたことが認められるが、本件第二次協調値上げ協定は、本件第一次協調値上げ協定の成立により各社の足並みが揃うことがはっきりした後のまた、湾岸危機のぼっ発から原料の値上がりが必至であるとの状況の下でのものであって、本件第一次協調値上げ協定とは全く異なる事情にあること、また、②の点についても、同社では、本件第二次協調値上げ協定の際にも、協定が成立するかなり前に、各支店あてに、「ダイアラップ第二次値上げに係る件連絡」なる文書を発出していること等からすれば、いずれも本件第一次協調値上げ協定の成立時期についての前記認定を左右するものではない。

したがって、この点についての弁護人らの主張は採用することができない。

二  本件第二次協調値上げ協定の成立時期について

被告会社D及び同H各関係の弁護人らは、いずれも、本件第二次協調値上げ協定の成立時期は、判示の平成二年一〇月二日ではなく、同月一六日である、と主張する。

しかしながら、関係証拠によると、業務用ストレッチフィルムの原料である塩ビレジンの価格が同年一一月一日から引き上げられることが確実な状況であったことから、第二次協調値上げ協定の成立が急がれる状況にあったこと、前記のとおり、本件第一次協調値上げ協定が成立して各社の足並みが揃い、湾岸危機のぼっ発で原料の値上がりが必至の状況であったことから、本件第二次協調値上げを行うについては各社間にほとんど抵抗がなかったこと、被告会社Aにあっては、各支店あてに、同年一〇月三日に同月二日の本部会で本件第二次協調値上げ協定が成立した旨の「本部会報告」と題する文書を、同月一〇日ころに「業務用ハイラップの価格改定の御願い」と題する文書をそれぞれ発出し、また、被告会社Cにあっては、同月六日に被告人Tが大阪支店の業務用ストレッチフィルムの責任者である石野栄に第二次値上げの実施に入るよう指示していること等、各被告会社において一〇月二日の本部会の場で本件第二次協調値上げ協定が成立したことを前提とする動きを示していること、被告人らは捜査段階においてはもとより、ほとんどの被告人は公判段階でも、本件第二次協調値上げ協定の成立は一〇月二日である旨供述していること(被告人Nも第一二回公判ではその旨供述している。)が認められる。右事実からすれば、本件第二次協調値上げ協定は判示の同年一〇月二日に成立したことは明らかであるというべきであり、これに反する被告人U及び同Vの各公判供述は信用することができない。

したがって、この点についての弁護人らの主張は採用することができない。

第五  被告人Uと同Vとの共謀について

被告人U及び同Vの弁護人は、本件第二次協調値上げ協定の締結について、被告人両名には共謀の事実はない、と主張する。

しかしながら、関係証拠、なかんずく、被告人U及び同Vの各検面調書によると、被告人Vが、同年九月中旬から同月下旬にかけて、同月初めから始まった本部会の席での本件第二次協調値上げの協議について、被告人Uにその内容等を報告するとともに、同人からその対応についての指示を仰ぎ、これに対し、被告人Uにおいて、「その線でいいだろう。」などと、承認ないし指示を与えていたことが認められ、本件第二次協調値上げ協定についても、被告人Uと同Vとの間に共謀があったことは明らかである。

弁護人は、本件第二次協調値上げ協定について共謀があったことを認める被告人U及び同Vの各検面調書は、検察官の誘導によるものであって信用することができない、と主張するが、これらの各検面調書は、いずれも具体的で不自然不合理なところはなく、被告人Vが本件第二次協調値上げ協定について供述する平成三年一一月二五日付け供述調書(二六枚綴りのもの)では、読み聞けを受けた後、付加訂正を申し立てるなどしており、被告人両名の各検面調書を比較検討してみても、被告人らはそれぞれ自己の記憶に基づいて供述しているものであることが認められ、十分信用し得るところである。これに対し、被告人両名の各公判供述は、被告人Uにあっては、第一回公判では、本件第二次協調値上げ協定についても、被告人Vとの間の共謀の事実を認めながら、第三回公判に至り、共謀の事実を否認する趣旨の供述をする一方、被告人Vに本件第二次協調値上げ協定を締結させたことについて共謀による責任を認める旨の供述をするなど、供述自体に不自然なところがあり、到底信用することができない。

したがって、この点についての弁護人の主張は採用することができない。

第六  被告人Mの担当業務及び被告人Lと同Mとの共謀について

被告会社G関係の弁護人は、被告人Mは、当時業務用ストレッチフィルムの販売業務を担当しておらず、本件各協調値上げについて他社と協定を締結する権限はなかった、また、本件各協調値上げについて、被告人Lと同Mとが共謀した事実はない、と主張する。

しかしながら、関係証拠によると、当時被告人Lは被告会社Gの取締役営業本部長であり、また、被告人Mは同社の業務部長代理兼営業本部員であって、業務用ストレッチフィルムを含む同社製品の販売価格等の最終決定権は被告人Lにあり、被告人Mには、これらの最終決定権はもとより、自らの判断で他社と協調値上げの協定を締結する等の権限がなかったことは明らかであるが、被告人らの検面調書その他関係証拠によると、被告人Mは、営業所からの報告に基づき資料を作成するといった営業のスタッフ的仕事を担当するほか、本件当時は本部会の副メンバーとして、本部会には欠かさず出席し、会議の要点等は漏らさずその都度被告人Lに報告して同人の指示を得ていたこと、被告人Lは、当時自社の業務用ストレッチフィルムの販売価格が下落していたこともあり、できれば他社との協調値上げを実現したいと考え、被告人Mから本部会での協議について報告を受ける都度、「当社はシェアもたいしたことはないから、大手についていけばよい。」、「この内容で問題はないから、うちは黙ってくっついていけばよい。」、「うちはそれでいいよ。その内容でまとまるなら、ついていってくれ。」などと被告人Mに指示し、あるいは同人の報告を承認し、自らも同年七月三日の幹部会・本部会合同会議に出席して本件第一次協調値上げ協定に賛成していること等の事実が認められる。このような事実関係からすると、被告人Mは、業務用ストレッチフィルムの販売に関する業務を担当しており、本件各協調値上げ協定を独自の判断で締結する権限まではなかったが、その権限のある被告人Lの指示、承認の下に、被告会社Gの意見を表明する立場で本件各協調値上げの協議に関与していたことは明らかであり、また、本件各協調値上げ協定の締結に関し、被告人Lと同Mとの間に共謀があったことも明らかである。これに反する、二人の間で値上げの時期や幅について話し合ったことはないなどとする被告人両名の各公判供述は、その供述自体極めて曖昧であるばかりでなく、不自然でもあり、両者間の共謀の事実を具体的に説明する被告人両名の捜査段階での供述に照らしてみても、到底信用することができない。

したがって、この点についての弁護人の主張は採用することができない。

第七  被告人Nの職務権限について

被告会社H関係の弁護人は、被告人Nには業務用ストレッチフィルムについて値上げを決める権限はなく、したがって、本件各協調値上げ協定を締結する権限はなかった、と主張する。

しかしながら、関係証拠、なかんずく、被告人N、長岡正司及び柴本博司の各検面調書によると、被告人Nは、昭和六〇年三月から被告会社Hのプラスチック事業部営業統括課東京販売課長、平成二年七月からは同事業部東京営業統括課販売課長の職にあり、本件当時本部会副メンバーであったものであるところ、同事業部が扱う業務用ストレッチフィルム等の製品の販売価格は最終的には同事業部長の長岡正司が決定権を持つものであったが、当時被告会社Hでは、業務用ストレッチフィルムの売上高が年々減少し同事業部内での占める割合は低くなり、これに代わる新製品を開発して近い時期に業務用ストレッチフィルムの製造・販売を中止するという方針を固めていた事情もあり、業務用ストレッチフィルムの販売価格の決定等はすべて営業統括課長の柴本博司に任せるという形になっており、同人もまた、関西に勤務していたこともあり、業務用ストレッチフィルムについては、部下である被告人Nに任せていたことが認められ、このことは同年七月一日から同事業部の組織変更により被告人Nの直接の上司が東京営業統括課長の岩田紀治になった後も同じであったことが認められる。したがって、被告人Nは、組織変更の前後を通じて、本部会の副メンバーとして本部会に出席し、被告会社Hを代表して本件各協調値上げ協定を締結したことが明らかであり、これに反する、被告人Nに本件各協調値上げ協定を締結する権限がなかったとする、証人岩田、同福井宏昌、同木下堅司らの各公判供述は到底信用することができない。

したがって、この点についての弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告会社八社の判示罪となるべき事実一及び二の各所為は、いずれも、行為時においては、平成四年法律第一〇七号による改正前の独禁法九五条一項、独禁法八九条一項一号、三条に、裁判時においては、右改正後の独禁法九五条一項、独禁法八九条一項一号、三条に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、被告人一五名の判示罪となるべき事実一及び二の各所為は、いずれも右改正前の独禁法九五条一項、独禁法八九条一項一号、三条(被告人Nを除く、被告人一四名については、更に刑法六〇条)に該当するところ、被告人一五名につき、右各罪の所定刑中、いずれも懲役刑を選択し、以上は被告会社ら及び被告人らにつき、いずれも刑法四五条前段の併合罪であるから、被告会社らについては同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、被告人一五名については、同法四七条本分、一〇条により、いずれも犯情の重い判示罪となるべき事実二の罪の刑に法定の加重をし、右罰金額又は刑期の範囲内において、被告会社A及び同Cをいずれも罰金八〇〇万円に、被告会社Bを罰金七〇〇万円に、被告会社D、同E、同F、同G及び同Hをいずれも罰金六〇〇万円に、被告人Oを懲役一年に、被告人Sを懲役一〇月に、被告人P、同Q、同T、同U、同W、同Y及び同Lをいずれも懲役八月に、被告人R、同V、同X、同Z、同M及び同Nをいずれも懲役六月にそれぞれ処し、情状により同法二五条一項を適用して、被告人一五名に対し、この裁判の確定した日から二年間、それぞれその刑の執行を猶予することにする。

(量刑の事情)

一  本件犯行は、判示のとおり、業務用ストレッチフィルムの製造・販売をする被告会社八社に勤務する被告人らが、二度にわたり、独禁法が禁止する価格カルテルを行ったものである。

二  独禁法は、改めていうまでもなく、我が国における自由競争経済を支える基本法であり、特に今日、一般消費者の利益を確保するとともに、国際的にも開かれた市場の下で、我が国経済の健全な発展を図るため、公正かつ自由な競争を促進し、市場経済秩序を維持することが重要な課題となっており、このため国内的にも、また、国際的にも、独禁法の順守が強く要請されてきているが、被告人らはこのような事情を十分承知する立場にありながら、敢えて本件の独禁法違反行為に及んだものであり、この点において強く責められるところがある。

三  しかも、

1  本件カルテルは、我が国における業務用ストレッチフィルムの販売高のほぼ九八パーセントという圧倒的なシェアを持つ被告会社八社により締結されたものであり、業務用ストレッチフィルムは生鮮食品等の包装材として現在では国民生活に欠かすことのできない商品となっていることからしても、その経済的、社会的影響は軽視することができないこと、

2  本件カルテルは、その実効性を確保するため、各社のシェアを凍結し、違反に備えて裁定者団を設置し、更に出荷数量を制限するなど、拘束力の強い、また、各社がこれを一致して実行するため、報奨制度を設け、各社の販売担当者らを一堂に集めて全国大会を開くなど、周到に準備されたものであること、

3  本件カルテルの引き金は、第一次協調値上げにあっては販売価格の低下による各社の業績の悪化にあったことは明らかであるが、これも見通しの誤りによる過剰設備とそれに伴う各社の安値販売競争に起因する面があることは否定し得ないこと、また、第二次協調値上げについても、湾岸危機のぼっ発による原料価格の高騰があったにせよ、それに合わせていわゆる不採算是正分を含ませるなど、便乗値上げ的な側面を否定し難いこと、

4  本件以前にも、いずれも実施には至らなかったが、前示のとおり、昭和六二年七月ころ、被告会社八社間で、標準品一本当たり一〇〇円引き上げることを相互に約束して実施しようとし、また、平成元年一〇月ないし一一月ころにも、「足切り価格」の設定を協議したことがあり、さらに、本件第一次協調値上げ協定についての協議のさなかに、被告会社Fが、他の部門ではあるが、公取の摘発を受け、他もこれを知りながらも、敢えて本件に及んだものであって、これらは独禁法の存在を無視する業界の体質として責められるところがあるばかりでなく、本件後の平成三年四月に開かれたストレッチフィルム部会設立一〇周年記念大会では、被告人Oが「価格競争を避け、シェア競争を止めよう。」と結束を求めて挨拶し、さらに、酒席での余興であるとしても、被告人Pら本部会メンバーが、被告会社八社が協調値上げで繁盛する旨の業界音頭を合唱し、その上、社員らによるものではあるが、「公取こえて頑張れますか。」といったCMソングをもじった歌を合唱するなど、誠に不謹慎な行動に出ていることが認められ、被告人らの独禁法についての認識あるいは態度を示すものとして、強く責められるべきものがあること、

5  被告会社D及び同Gを除く、他の被告会社六社には、いずれも独禁法違反の前歴があり、特に、被告会社A及び同Fはいずれも九回、同Eは七回に及んでいること

等の事実が認められ、このような事情に徴すると、本件の犯情は芳しくなく、被告会社及び被告人らの刑事責任は軽視することができない。

四  しかし、一方、

1  各社では業務用ストレッチフィルムの品質の向上と製造、販売コストの引下げを図るため、これまでに種々の努力を重ねてきているが、業務用ストレッチフィルムは各社の製品に品質の差がほとんどなく、また、ユーザーの側の価格交渉力が強大であるため、各社の安値販売によるシェア争いが激しくなり、そのため販売価格は下落を続け、各社とも採算が悪化して、その部門の販売損益が赤字になるという、利益責任ないし営業責任を負う被告人らにとって苦しい状況にあったこと、

2  また、被告人らが、二度にわたって本件各協調値上げに及んだことについては、これまで長期間公取の告発がなく、そのようなことから被告人らを含む関係者の事の重大性についての認識に欠ける面があったのではないかと思われること、

3  本件各協調値上げは大幅な利潤の獲得をもくろんだものではないこと、

4  各社とも、本件に関する公取の排除勧告を応諾し、審決に基づき本件の破棄決定の周知徹底を図るとともに、課徴金を課せられ納付していること、

5  また、各社とも、独禁法遵守の徹底を図るため、社内通達の発出、マニュアルの作成、研修及び講演会の実施等、種々の施策を講じて再犯防止に努めるとともに、再犯の防止を誓っていること、

6  被告人らのほとんどは本件により降格等の社内処分を受け、また、本件が大きくマスコミに取り上げられるなど、被告人らはいずれも厳しい社会的制裁を受けていること、もちろん、被告人らは、本件について十分反省していること

等、被告会社及び被告人らにとって斟酌すべき事情も認められる。

以上の諸事情のほか、本件各協調値上げ協定の成立に至るまでの被告人らの役割等をも総合勘案し、被告会社及び被告人らの主文掲記の量刑をするのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田良雄 裁判官上田幹夫 裁判官阿部文洋 裁判官鈴木秀夫、同川原誠は、いずれも転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官岡田良雄)

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